●九度山町および真田幸村について
天下分け目の関ヶ原の戦いに敗れた西軍・真田幸村が父(昌幸)とともに隠れ住んだ里が、九度山町である。その後、この地にて再起を果たし、大坂冬の陣へと出立された。九度山町には今なお、幸村父子が隠れ住んだ「真田庵」や真田家に関する史跡・言い伝えが数多く残る。
●柳川市および立花宗茂について
戦国時代、知勇を兼ね備え、義を重んじる武将としてその名を馳せた立花宗茂。秀吉から九州随一の名将と評価され、筑後柳川の領地を授けられる。関ヶ原の戦いでは、西軍についたため改易されるも、徳川将軍家にもその器量を惜しまれ、二十年を経て失った柳川の地に再び大名として返り咲くという強運を持つ。立花家はその後、江戸時代を通じて柳川の地を治めた。柳川市に残る、立花家別邸「御花」には、宗茂ゆかりの歴史資料が数多く残され、公開されている。
|